正しければ、思いやりなんて必要ない?

日常生活での気づき
日常生活での気づき
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以前からずっと、
こういう場合のこういう人って、
「どんなこと考えてるんだろう・・?」
と感じていたことがありました。



今日、車を運転していたら、
ちょうどそのシチュエーションに
遭遇したんですが、
そのときに、
「正しさ」と「思いやり」
というキーワードが
浮かんできたんですよね。



で、浮かんできた
「正しさ」と「思いやり」の
2つのキーワードから、
「あ~、こういうことかな・・・」と
つながったことがあったので、
今日は、そのことについて
書いていきたいと思います。



で、それが、
どういう場合のどういう人
についてのお話かと言いますと・・・。



自分が運転しているか
否かにかかわらず、
車に乗っていると、
たまに遭遇する場面がありまして・・



どういう場面かと言いますと、


信号のない横断歩道で、
ゆ~っくりと歩いている歩行者が
横断歩道を渡りきるのを、
車が待っている場面、とか



信号のある横断歩道で、
「文句あるか!」とばかりに、
ゆ~っくりと歩いている
歩行者が渡りきるのを、
右折車や左折車が
列をなして待っている場面、
ですね。



はい、もちろん、
横断歩道が歩行者のためのもの
だということはよく分かっています。



そして、
交通ルールの基本は「歩行者優先」
ということもよく分かっています。



道路交通法に照らせば、
横断歩道をどんなにゆっくり渡ろうが、
誰に文句を言われる
筋合いのものでもないでしょう。



道路交通法に詳しくはありませんが、
それでも、道路交通法的には、
車が待ってようがいまいが、
横断歩道をゆ~っくりと渡ることは、
「正しいか・正しくないか」で言えば、
きっと 100% 正しい行為だと思います。



だから、車は、
横断歩道に歩行者がいるときには、
文句を言わずに
待っていなければなりません。



それは、よぉく分かっています。



でも、でもさ・・・、
そこで待っている人(車)がいるときには、
「ちょっと早めに歩く」とか、
「ちょっと急ぐ素振りをする」とか
してもいいんじゃない・・・?



「ゆ~っくり歩いて渡る」
と言っても、
まぁ、たかだか数秒のことですからね。



それが待てないってわけでは
全然ないですし、
イライラするってわけでも
ないんですけど、
目の前でゆ~っくりと
歩かれているのを見ていると、
「なんだかな・・・」って
思っちゃうのですよ。



もちろん、
ゆっくり歩いている人全員に対して
「なんだかな・・・」って
思うわけではないですよ。



お腹の大きい妊婦さんや
足腰の弱っていそうな高齢者の方、
怪我をされている方、
お子さん連れのお母さんやお父さん、
手を挙げて渡っている子どもたちに対して
そんなことは全く思いません。



むしろ、
「どうぞどうぞ、ゆっくり渡って」
と思って待ってます。



その他にも、
具合が悪かったり、
車に乗っている側からは
分からないようなことも含めて、
個々の事情って色々と
あるでしょうしね。



そうではなくて、
「横断歩道は歩行者優先!文句あっか!」
とばかりに、
こちらに一瞥もくれずに、
我が物顔で全くペースを変えることなく
ゆっくりと渡っている人を
待っているときですね。



「目の前で自分が渡るのを
 待ってる人がいるのを知りながら、
 それを尻目にわざとゆっくりと渡る」

という行為は、
確かに、道路交通法的には
何も間違っていない
むしろ「正しい」行為で
あるのかもしれません。



でも、そこに、
待っている人に対しての
「思いやり」って
ありませんよね・・・?



もちろん、
「横断歩道をゆっくり歩いて渡る」
というのは正しい行為なのですから、
そこにケチをつけるのは、
お門違いってものかもしれません。



お門違いかもしれないですけど、
それでも、
こっちをチラっとでも見てくれて、
急ぐフリだけでもしてくれたら・・・、

そういった
待っている人に対する「思いやり」を
ちょこっとでも見せてくれたら、
お互い気持ちよくいられるのにな・・・
って思うんですよね。



でね、こういったことって、
夫婦の間でも起きているように思います。



常識や何かに照らせば
「正しいこと」
「間違っていないこと」
ではあるけれども、
それが相手にとっては
迷惑だったり、悲しみや
困惑の原因となっていたりする・・・。



でも、
「自分は正しい」
「自分は間違っていない」
という思いから、

困ったり悲しんでいたりする相手に対して
「思いやり」どころか、
「文句あるか!?」
という態度を取ってしまう。



そういうときは、
相手も「それが正しい」
ということ自体は分かっているので、
悲しんでいることや困っていることに
気づいてくれて、
そこを気遣う姿勢を見せてくれたら、
それだけで慰められて
気が済んだりするんですけどね。



なんでしょうね・・・。
「自分は正しい」
「自分は間違っていない」
というポジションを取ると、
相手が自分に従うのは当然に思えて、
「思いやり」なんて
不要に感じてしまうのかもしれません。



でも、実は、
そういうポジションにいるときこそ、
「思いやり」って必要で、

そういうときの「思いやり」こそが、
夫婦関係の改善や進化(深化)に
効果を発揮するのかもしれません。



「自分が正しい」
「自分は間違っていない」
と思うときこそ、
相手に対する「思いやり」を
忘れてしまっていないか、
気をつけてみてくださいね!



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