「いい子にしてればね」じゃなくて「運がよければね」って言ってあげて

「あたり」と刻印されたアイスの棒を持つ手


あっという間に2020年も明けて
15日以上が経ってしまいました。



最近、意図あって、
岡本茂樹さんが著者の
『反省させると犯罪者になります』
『凶悪犯罪者こそ更生します』
『いい子に育てると犯罪者になります』
の3冊を読み返していました。



『反省させると犯罪者になります』
『いい子に育てると犯罪者になります』



どちらも、
なかなかに過激なタイトルですね(笑)



ちなみに、
私は『いい子』として育ちましたが、
有難いことに
犯罪者にはなっていません(笑)



本当は、この3冊を
読み返していた意図について
書いていくつもりだったのですが、

「いい子」というワードで
思い出したことがあったので、

とりあえず今回は、
この3冊の内容とは関係なしに、
その思い出したことについて
書いていきたいと思います。



で、その思い出したことですが、
私には、幼い頃、
多分5、6歳の頃だと思うのですが、
しょっちゅう見ていた夢があります。



それがどんな夢かといいいますと・・・


白無垢の花嫁姿をした私の母と
当時の幼い私とが
手をつないで道を歩いています。


そして、あるバス停まできて
二人でバスを待っています。


ところが、
そこに1台のバスがやってくると、
母だけがバスに乗り込み
バスは去っていき、
私は泣きながらそこに残される・・・。


と、そんな夢です。



だいたいいつも
そこで目が覚めるんですが、
目が覚めた私も実際に
泣いていたりするわけです。



いや~、
悲しくてイヤな夢ですねぇ。



その夢を
見ることがなくなってからも、
自分がなんでそんな夢を
しょっちゅう見ていたのか、
その理由は分かりませんでした。



高校生になって、
ある友達にその話をしてみたところ、
その友達はすぐに
「いい子でいなければいけないって
 思ってたんだね」
と一言。



それを聞いて、
「あ~、そういうことか・・・」
と腑に落ちました。



その後、兄にも話してみたところ、
兄も友達と同じ内容で
即答してきたので、
「この夢って、第三者から見ると、
 そんなにも分かりやすい夢なんだ」
とちょっと驚きました。



「自分のことって、ホントに
 自分では分からないもんなんだなぁ・・・」
と、これまたその時に実感しました。



「いい子にしていないと、
 お母さんは私を置いて
 どこかへ行ってしまう」

と、幼い頃の私は無意識で感じていた
ということなのでしょう。



別に虐待されて育った
というわけでもなく、
むしろ何不自由なく
育ててもらっていたというのに、

こんな夢をしょっちゅう
見ていたなんて、

子どもというのは、本当に、
幼く未熟で(当たり前ですが)
親を頼りに生きる健気な存在
ってことなんでしょうね。



と、こんなふうに、
幼い頃から無意識のうちに
「いい子でいなければいけない」
と思っていたらしい私ですが、

もう少し大きくなってから母に
「あんたは大人しくていい子だから」
などと言われると、

「私はお母さんが思ってるような
 『いい子』なんかじゃない!」
と感じて、とてもイヤでした。



まぁ、聞き分けもよかったですし、
親を困らせるようなこともなく、
成績も良かったので、
確かに「いい子」
ではあったんですけどね。



それでも、母から
「あんたは大人しくていい子だから」
のように言われると、

「全っ然、私のことを分かってくれていない」
という、母に対する不満とも
怒りとも嫌悪ともつかない感情が
湧き上がってきたことを覚えています。



「いい子」っていうのは、
漢字で書けば「良い子」って
ことなのでしょうから、
「悪い子」と言われるよりは
全然いいはずですし、

枕を濡らして切ない夢を見るほどに
「いい子にならなくちゃ」と
思っていたんですかから、

「いい子」と言われたら
もっと嬉しがっても
いいはずなんですけどね。



でも、まぁ、今考えると、
親が「いい子」だと感じる
「いい子」というのは、
親にとって「都合のいい子」
ってことなんでしょうね。



なんか「都合のいい女」みたい(笑)



そりゃ、
「いい子」なんて言われても
嬉しくなんてなれないはずですね ^ ^ ;



でね、
この夢を思い出して改めて感じたことは、
「子育てってホントに難しいなぁ・・・」
ってことです。



子育てをしている時の
家族の構成や状況、周りの環境、
その時代の空気、
自分が親から受けてきた教育や
しつけによっては、

子どもの将来を思い、
「よかれ」と思うことを
ただただ一生懸命にしていただけなのに、

それを受け取る子どもの方は
「いい子にしていないと見捨てられる」と
切ない夢をしょっちゅう見る
というようなことも
起きてしまうのですから。



私も今現在、
現役で子育てをしているので、
「子育てってホントに難しいよねぇ」
では済まないところもありますが、

自分の子どもの頃を思い起こすなどして
私なりに親として
気をつけた方がいいのかな~と思うことは、

「〇〇でなければならない」
みたいな価値観の押し付けは
あまり多くない方がいいのかな
ってことですかね。



たとえば、
「男は強くなければならない」
「やるならば人よりも秀でていなければならない」
とかね。



親として、
子どもに身につけさせたい価値観や
譲れない価値観、
人としての理想というのは、
人それぞれにあるとは思うのですが、

それがあまりに多いと、
余計な抑圧や自己否定を
生むことになるのかな・・・と。



そして、
そこで生まれた抑圧や自己否定が、
結婚後の妻や夫、子どもとの関係にも
影を落としていたりすることも
少なくないんじゃないかと思います。



ま、でも、
気づけば何とでもできますからね。
気づいた時点から、
なんとかしていきましょう。



ちなみに、そんな私が
理想の親として目指すのは、
「となりのトトロ」の
さつきちゃんとメイちゃんのお父さん ^ ^



「となりのトトロ」は、
子どもの頃にも
何回かは見ていたんですが、

そのときの
このお父さんに対する感想は、
「糸井重里、セリフ回し下手だな・・・」
だけでした(笑)



でも、大人になって、
話の展開はもちろん覚えているものの、
細かいセリフなどは
すっかり忘れた状況で改めて見たときに、
このお父さんのあるセリフに、
私は驚いたのですよ。



どのセリフに驚いたかというと、
トトロに出会ったという
メイちゃんの話を聞いて、
さつきちゃんがお父さんに
「私も(トトロに)会えるかな?」と
尋ねるというシーンでの
お父さんの答えに驚いたのです。



私は、
「私も(トトロに)会えるかな?」
というさつきちゃんの問いかけに対し、
お父さんはきっとお決まりのように

「いい子にしてればね」

と答えるんだろうと思っていました。



ところが、
お父さんはあのとぼけた調子で、

「そうだな~、運が良ければね。」

と答えたのです。



もうね、私は、
このシーンを見て大げさではなく
本当に驚愕しましたよ。



んで、その数秒後、
このお父さんに育てられている
さつきちゃんとメイちゃんが
アニメとはいえ、たまらなく
羨ましく感じたのでした。



なので、私も子どもに
期待したことが叶うかといったことを
尋ねられたときには、

「いい子にしてればね」ではなく、
このお父さんのマネをして、
「運がよければね」と
答えたりしています。



私も、
そう言って育ててほしかったと思うから。
(努力が必要な場合の願望は別としてね)



「ねぇ、ママ~、今度のクリスマス、
 サンタさん、マリオメーカーⅡ、
 持ってきてくれるかなぁ?」

「そうだな~、運が良ければね」


あら・・・? この場合は
「いい子にしてればね」
の方がいいのかしら・・・? ^ ^ ;


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