子どものケンカから考える、夫婦間トラブルへの向き合い方

「ごめんなさい」と書かれた紙の前で、うなだれている男の子


唐突ですが、
将来、今の子どもたちが
大人になっている頃の離婚率って、

今よりも上がっているんじゃないかな~、
と思ったりします。

 

なんでそう思うかというと、
子どもたちの様子を見たり、
子どもから聞く話や、

昔からの友達と
自分たちの子どもの話をしたりしていると、
なんとなくそう感じるからですね…。

 

「今の子どもたちって」とか言うと、
「いまどきの若者は…」と
眉間にシワを寄せて
説教したがるオジサンみたいで
我ながら苦笑しちゃうのですが… ^ ^ ;

 

でも、なんていうか、
今の子どもたちをみていると、

どっちが
「正しい・正しくない」
「良い・悪い」の
白黒をハッキリさせて、

親などの大人の力を借りてでも、
「正しくない」「悪い」方に
謝らせようとする傾向が
あるように感じるんですよね。

 

だから、
幼稚園を卒業して
小学生になってからも、

すぐ大人に
「〇〇ちゃんに、△△って言われた」
とか、
「〇〇ちゃんに、△△された」
とか訴えてきたりします。

 

私が子どもの頃は、
親や先生などの大人に
何かを言いつける行為は
「チクリ」と呼ばれ、

子どもながらに恥ずべき行為
とされていましたが、
そんな時代は「今は昔」ですね。

 

もちろん、
いじめや暴力は悪いことです。


いじめや暴力までいかなくても、
誰かの好ましからざる言動で
本当に困っている場合には、

親や先生などの大人に
相談することは必要なことですし、
それを「チクリ」と呼ぶのは
卑怯というものです。

 

でもね…、
遊びの一環で出たりする、
ちょっと言い過ぎた言葉とかにも、

いちいち謝罪が必要で、
それが済むまでは先に進めなかったり、

それでも謝らせるために
大人の力を借りようとする光景を
目にすると、
ちょっと辟易としてしまうのです。

 

しかも、
その内容が「それは見過ごせない」
といったものでもなく、

「まぁ、みんなで遊んでたら
 そんなことも起こるよね」
くらいのことだったりすると、

ますます
「めんどくせーな(-。-)」
と思ってしまうわけです。

 

とはいえ、
人を傷つけたり
悲しませたりする言動は
する方が悪い、
というのが大原則。

 

誰かの何かの言動によって、
傷ついたり悲しんだりする人が
いるならば、

それはしてはいけないことだし、

たとえそれがどんなに些細なことに
思えたとしても、

実際に相手を傷つけたり
悲しんだりさせるようなことをしてしまい、

それを悪かったと思うのであれば
謝るべきというか、
謝った方がいいですね。

 

でもね、
何かが起きたときというのは、
それに至る「過程」というものもあるわけで、

それらをすっ飛ばして、
全部を「〇〇って言われた」
「〇〇された」ってとこにおっかぶせて、

「謝れ」ってなっても、
それはやっぱり、なかなかね… ^ ^ ;

 

で、子どもの頃というのは
大体において
男の子の方がおバカで乱暴なことからか、

このパターンで糾弾されているのは
大抵が男の子で、
糾弾しているのは女の子ですね。

 

でもって、
よ~く見てたり聞いてたりすると、

訴えからは一見正しそうに見える
女の子の方の糾弾も、

本当は
自分の思う通りにいかなかったことが
気に入らなかったってだけじゃない?

って思えることがしばしばあります。

 

自分の思う通りにいかないことや
相手が思う通りに動いてくれないことに
キーキーなって、

相手に自分の言うことを
きかせようとするやりとりの中で、

相手からヒドイことを
言われたりすると、

途端に
「〇〇ちゃんに△△って言われた」
と、正しさを盾にした糾弾の始まり。

 

確かに、
言っちゃいけないことや、
言うべきではないことってのは
ありますからね。

それを言ったり、
なんかやっちゃった方が、
悪いことは悪いのです。

 

でもね、
そんなの傍観者としてみてたら
「どっちもどっち」。

わざわざ「詫び」を入れさせる
ほどのもんでもないでしょ、
って思っちゃうわけです。

だって、
自分の思い通りにするために、
キーキー言って、

相手に自分の言うことを
無理矢理にきかせようとするのも、
いただけない行為でしょ。

 

これがね、
自分の思い通りにいかないことに
ブーたれてるのが外から見て
ハッキリ分かればまだいいんですけど、

一見すると、
正当なことを主張しているように
見えるのが厄介なところです。

 

で、ここに大人が入っていくと、
どっちの方が正しい or 悪いのか
を吟味して、

より悪かった方を謝らせる、
みたいなことが
起きたりするわけです。

 

でもね、
こんな解決方法、
将来、何の役に立つんだろう…?
って思うのです。

 

この子たちが大きくなって、
結婚して家庭を持ったとき、
小さなものから大きなものまで、
夫婦の間には
さまざまなトラブルが発生します。

 

それを、
「どっちが正しい・どっちが悪い」
の白黒をいちいちハッキリさせて、
悪い方に謝らせる。
謝らせないと先に進めない。


何か起きたら、
そこに至る過程はすっ飛ばして、
二人の間にある問題は
起きた出来事におっかぶせ、
起こしてしまった方を
糾弾して謝罪させて終わり。

 

そんな
正しさで息の詰まるようなことを
していたら、

二人の間の空気は
ギスギスしてくる一方で、
心も離れていくばかりです。

 

そもそも、
何を「正しい」と思うかも
人によって違いがありますからね。
夫婦でそれが一致しているとも限らない。


そこを無視して、
「自分が正しい」「相手が悪い」
とかやっていると、

そのうちお互いの言葉も
通じなくなってきます。

 

そんなふうにならないように、
今の子どもたちには、

子どものうちから
「正しい・正しくない」
「良い・悪い」
をハッキリさせる以外の
トラブルの解決方法も
身に着けてほしいなと願っています。

 

ま、そんなに心配しなくても、
大人になるまでに、
身に着ける機会は
たくさんあるでしょうけどね ^ ^

 

もし
「自分は正しいはずなのに
 相手が言うことを聞いてくれなくて
 イライラするばかり」

という状態に陥った場合には、
ちょっと立ち止まって考えてみてください。

 

「もしかしたらこのイライラは、
 相手のせいではなく、
 相手や状況が
 自分の思い通りにならないことに対する
 イライラかもしれない」と。

 

もし、そうだとしたら、
そのイライラは自分で解消可能ですよ ^ ^

 

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